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そう言って彼は、監督の机に歩み寄って、手を差出した。監督は眼を上げ、唇を噛んでKが差出した手を見ていた。監督は応じてくれるものと、Kはまだ思いこんでいた。ところが監督は立ち上がると、ビュルストナー嬢のベッドの上に置かれた、硬くて円い帽子を取上げ、新しい帽子をためすときやるように、両手で念入りにかぶりながら、「君は万事をなんて単純に考えているんだろう!」と、Kに言った。「円満に事を決着する、と言うのかね? いや、いや、ほんとうにそうはいかないよ。もっともそうかといって、君を絶望させるつもりは少しもない。いや、そんなことをどうしてしよう? ただ君は逮捕された、それだけの話だ。そのことを君に知らさねばならなかったので、そうしたまでだし、君がそれを受入れたということも見てとった。それで今日のところは十分だし、お別れもできる。もちろんしばらくのことだがね。きっと君は、もう銀行に行きたいところだろうね?」
「銀行ですって?」と、Kは言った。「私は逮捕されたんだ、と思っていましたよ」
Kはちょっと居丈高になってきいた。というのは、彼の申出た握手は受入れられなかったけれども、ことに監督が立ち上がってからは、この連中のすべてからいよいよ拘束されていない立場にある自分を感じたからである。彼はこの連中と戯れるのだった。彼らが立ち去るときになったら、玄関まで追っかけてゆき、私は逮捕されているのですが、と言ってやる下心だった。そこで彼はまた繰返した。
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