setagaya
まるで、わざとのような偶然であった。
木崎のライカがカチッとシャッターの音を立てたのと、そのダンサーの体が崩れるように床の上へ倒れたのと、殆んど同時――というより、むしろ、シャッターの音が防音装置のピストルのかすかな音のように、彼女を倒した――と言ってもいいくらいだった。
木崎も驚いたが、客もダンサーも、そして楽師もあっと思った。
バンドの調子は、いきなり崩れた。
一階のホールの正面の演奏台ではスウィングバンド、二階の廊下から突き出したバルコニー風の演奏室にはタンゴバンド――この二つのバンドが交替で演奏するのだが、丁度その時はタンゴバンドの番だった。
曲はクンパルシータ。
みんな知っている曲ゆえ、一層その崩れ方が判った。が、楽師はあわてて調子を取り戻した。昨日までいてよそのホールへ引っこ抜かれたバンドの代りに、今夜から新しく雇い入れられたバンドだった。いわば初演奏だ。だからすくなくとも今夜はおかしいくらい熱心だった。しかし、取り戻した調子を張り上げた時は、もう誰も踊っている者はなかった。
ステップをすっと引き寄せてから、その反動でぐっと女の体を押して行く――いわば情熱的にアクセントの強いタンゴの中でも、クンパルシータの曲は誰も踊りたがり、お茶を引いて椅子に「カマボコ」になっているダンサーすら、同じカマボコさんをつかまえて、女同士で踊っていたくらいだが、しかし倒れた茉莉の顔は、余りに青すぎた。
ただごとではない。
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