生き恥曝しても死に恥曝すな
生きているうちに恥をかいても、死後に残るような恥をかいてはいけないということ。

Dr.oonuma

 大沼博士がまたなにか云ひだしさうなので、幾島暁太郎は内心びくびくしてゐるに相違なかつた。 「先生、お先へどうぞ……。僕、これから採集したものを整理して、あとから参りますから……」 「整理か。まあ、そいつはゆつくりでいゝぢやないか。急ぐものはないよ。それよりねえ、斎木さん、あんたは伯爵のセクレタリイだな。よろしい。伯爵の秘書といふ資格で、わしの方も時々、手伝つて下さらんか。幾島君の方は、どこへ行つても、女の子にはもてるんだ。わしらは、さうはいかん。ところで、わしが一番淋しいのはだ、女性の無関心といふやつでね。つまり、妙齢の婦人たちは、わしを見て、なんの感じもおこらんのぢやね」 「先生……」  と、幾島が呼びかける。 「なんだ。君の意見を訊いとるんぢやない」 「いや、意見は申しませんが、斎木さんは、いつも、先生の助手のまた助手をして下さつてるわけなんです」 「そんなことは問題ぢやないよ。僕が云ふのは、君にできないやうなことを、このお嬢さんに頼みたいんだ。つまり、伯爵の許可があればだよ、僕と二人きりでたまには散歩するとかね……」 「はゝゝゝ」  と、幾島は精のない笑ひ方をした。 「先生、そんなこと、お安いご用ですわ。ひと言さうおつしやつて下されば、どこへでもお伴いたしますわ」  素子は、なにやら悲しいやうな、笑ひたいやうな気持で、さう答へた。しかし、どうしても幾島と視線を交へることができず、そのまゝ軽く会釈をして、廊下に出た。  素子は階段を駈け降りながら、腹をよぢつた。  しばらくして、湯殿のなかで博士の呶鳴る声がした。 「水が出ない、水が……」  勝手の方で、おタキさんが、外の誰かに話しかけてゐる。 「をかしいね、こつちも出ないよ。爺やさん、今日は別に水道を止めるなんて話なかつたね」 ヴォラーレ
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