zeimu
「あなたも随分空想家ね」
と、弓子は笑いながら、
「――よくよくの事情……? あはは……そんなものないわよ。あたしはただスリルを求めているだけ。その方がスタンダール好みじゃない……?」
「スリのスリルか、洒落だね。――しかし、よくよくの事情と僕が言った時、あんたはなぜ眼をうるませたんだ?」
鶴雄がすかさず言うと、
「負けたッ!」
弓子は弱く微笑して、
「――言うわ、いいえ、あなただから言うのよ。あなたはあたしをしんみりさせるひとなのね。――よくよくの事情というのはね、つまり、あたしは姉さんを救いたいの。だから金がいるの」
そして、弓子が語りだしたのはこうだった。
――弓子は東京生れ、両親はなく、二つ違いの姉の千枝子と二人で、東京に住んでいた。
ところが、罹災した。
頼る所といっては、京都の叔父の家しかない。弓子は姉の千枝子と二人で、西田町の叔父の家へ転がりこんだ。
叔父は食糧営団に勤めているせいか米には困らなかった。家族一同腹一杯食べた余りを、闇で売るぐらい、あくどく役得を利用していた。
弓子はすぐその不正をかぎつけたが、しかし、それには眼をつむった。姉妹二人厄介になるには、こんないい家はないと思った。
叔父もはじめのうちは、
「うちは米ならいくらでもあるんやさかい……」
と、半分は自慢から、二人に親切にしてくれていた。しかし日がたつにつれて、だんだん冷淡になった。
おまけに、もう五十を過ぎているのに、いや、それだからかある夜、姉の千枝子に挑んで来た。弓子よりもまず千枝子に眼をつけたのは、勝気な弓子よりも、おとなしい千枝子の方が口説き易かったからであろうか。