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「そうですねえ、医者の立場からは、もつと入院治療を続けた方がいゝと思つても、家庭の事情やなんかで、どうしてもそれができないといわれゝばしかたがありません」 「しかし、それは、たゞ、どちらがいゝかという別の問題で、まだ安静を必要とする患者を、旅行とか生活環境の急変とか、そういう、直接、容態に影響する悪条件の下に、強いておくことは、あなた方の責任で回避するのが当然ではないんですか?」 「それは、厳密に言えばその通りです。絶対許可できない状態なら、誰の要求でも絶対に許すわけにいきません。しかし、多少の危険があるかも知れないという程度なら、これはどうも、患者側の意志を尊重しないわけにいかないでしよう。むろん、こつちは、それに対して責任はもち得ません」 「多少の危険と言われましたが、それは、生命の危険を含む場合だつてあるでしよう? たとえ、そんなことは、万が一であるにせよ、お医者の権威と人命尊重の精神から、断乎として、患者の行動を制約するという風にしてもらいたいんですが……」 「あなたのおつしやることは、よくわかります。しかし、今度の場合は、患者から、家庭の事情で、どうしてもこのまゝ、こゝにいるわけにいかないからと、かなり強い要求があり、その理由はともかく、そういう状態では、仮りにこゝにおいても、満足な療養生活はできないだろう、という見透しで、所長が裁断を下したんです」
イククル・イクヨクルヨ