Tone
とねの姿が奥に消えてから、二葉は手紙を懐にしまふ。
突然、外から、「二葉さん、また来たわよ」といふ女の声。
二葉、窓の外を見る。
やがて、扉が開いて、時田則子(二十八)が汗を拭きながらはひつて来る。
則子 近道をしようと思つたら、ひどい目にあつたわ。沢の中へ足を踏み込んで、こら、草履が台なしよ、このまゝでいゝか知ら……。
二葉 さうね。
則子 いゝわよ、どうせ泥靴のまんま上るところぢやないの。ちよつと、遠慮してみたゞけよ。それはさうと、お手紙が来たでせう。
二葉 えゝ。
則子 配達にさう云つといたのよ、こつちへイの一番に廻るやうにつて……。何時もより早かつたでせう。(間)あなたが待つてらつしやる手紙、あたしにちやんとわかるのよ。
二葉 感心ね。
則子 郵便局をやつてるから云ふわけぢやないけど、あたし、筆無精ぐらゐ癪にさわるもんないわ。青木利元さんも筆無精ね。
二葉 その話なら、もうよして頂戴よ。
則子 だつて、あたしも、手紙が来ないつていふことぢや、あなたとおんなじ苦労をしたことがあるのよ。
奥から、蓄音機の感傷的な曲が聞えて来る。多分、新井がかけてゐるのだらう。
八王子 歯科