roppongi
古風な馬車が、時々、ほこりを立てながら通つてゐる。茶屋の前まで來ると、「今日は結構なお天氣さん。」と、兵隊帽をかぶつた日に燒けた年寄りの御者が、そこの主婦に聲をかけて、また、長い鞭を尻にぴしやりと當て、ゆるり/\馬の歩をすすめて行くのであつた。 やがて建長寺前へ辿り着いた。一昨年半僧坊の石段で、叢から蛇が飛び出た時の不吉な思ひが今だに忘られず、この度はお詣りは止した。山門の前の黒板を見て、昨日が御開帳であつたことが分つた。田舍相撲の土俵のまはりには紙屑や折詰の空箱など散らかつてゐて、賑はひの名殘を留めてゐた。 少憩の後、コブクロ坂を越え、ややして、鶴ヶ岡八幡宮に賽した。一昨年は震災後の復舊造營中だつた社殿がすつかり出來上つてゐたが、眞新しい金殿朱樓はお神樂の獅子のやうで、不愉快なほど俗つぽく、觀たく思つてゐた寶物の古畫も覗かずに石段を下りた。 「こんなところに隱れてゐたんですか。よく見つからなかつたものですね。」 「その當時の銀杏はもつと/\大きかつたのだらう。何しろ、將軍樣のお通りに、警護の武士の眼をかすめるなんて、屹度、銀杏の幹に洞穴でもあつて、隱れてゐたんでせうよ。」 公曉の隱れ銀杏の前で、一昨年と同じことをユキは訊き、私も同じ答へを繰返しなどして、朱塗りの太鼓橋を渡つて鳥居の前へ出た。 「何處へ行かうかしら?」
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