kyoubasi
京橋が架けかえられた時、家の父と松平翁とが渡り初めをしたことを私はよく覚えている。またこんな事もあった。私が軽い頭痛か何かで、頭に氷袋をのせて座っていると、そのそばで家のものが二人「今度は岩谷の天狗も青くなったねえ」とか何とか話していた、私はこの岩谷の天狗面をよく見に行ったものとて、これを聞くと、ひどく感動した、「本当に青くなったかい?」と勢いこんで聞くと、家のものはニヤ/\笑いながら「ええええ青くなりましたとも」という。頭に氷袋をつけたまま私は走って岩谷の店先に行って、それが依然として赤いのをみて非常に憤慨して帰って来た。とも角も、松平翁は一種の鬼才を持ったえら物であったのだろうと思われる。 さえぐさも古く玉屋も古い。玉屋の昔の建物はおとなしい明治味の洋館で、また油絵々具の最初の輸入店の一つとしてわれ/\が忘れられない店である。伊東屋もちょっと古いが、そのわきの松島眼鏡店がまた古い。更に丸八に至っては一層古く、江戸時代からの店と聞く、ここの店は一丁目のつやぶきんの佐々木とともに、銀座の名物として今なお名高い。ここの番頭さんに前田さんという非常な劇通がいて、芝居で分らぬことがあるとこの人に聞きに来るとか、いかにも丸八の番頭さんらしくて面白い。 書く程どうも長くばかりなってしまう。何しろ銀座の事を書くとなると、思ったより書く事が多くなってしまう。もう予定の紙数の倍になってしまったから、あとは惜しいがざっとかいて筆を止めよう。
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