ippiki
「一匹一円なら、昼の休みに捕ろうじゃないか」 と衆議一決して、みなでわあわあ言いながら、伏見稲荷の池へ出かけて行った。寒い日だった。私もついて行ってみたが、冬のことで、池の水がぐんと減っている。蝦蟇はこの池のふちの斜面に横穴を掘って、その奥に冬眠しているということであったが、みると、なるほど、減水した水面と池の縁とのちょうど中間のところに点々と穴がある。 確か中国の『随園食単』かなにかに、洞窟の蟾は美味であるとあったと思うが、私はこの穴を見て、 「ハハア、これだな」 と、思った。これまで洞窟という文字から、何か大きな岩穴のようなところにでもいる蝦蟇のことかと考えていたが、そうではなくて、やはり、冬眠中の穴にいる蝦蟇を指したものに違いない。 それはさておき、この穴がなかなか深く、蝦蟇はちょうど肩の辺まで腕を入れねば届かないような奥に眠っている。だから、池の縁の方からかがんで手を入れても、蝦蟇のところまでは届かない。どうしても、池の中に入ってやるほかはない。 そうなると、初めは元気なことを言って出掛けて来た職人たちも、 「一円か二円か知らんが、いややなあ」 などと弱音を吐く者が出て来た。中には手を入れて、ぐにゃっとしたものに触れると、「ワッ」と声を挙げて、手を引っ込めてしまう者などもあって、大騒ぎだ。蝦蟇は眠っているとは言え、死んでいるわけではないから、ぐにゃぐにゃしているに違いない。蝦蟇に違いないと誰もが信じているのだが、しかし、いよいよ引き出してみるまでは、果して蝦蟇なのやら、あるいは蛇なのやら分らない。それだけに気味が悪いとみえて、みななんとか言いながら、ウジウジしている。そのうち、遂に誰か勇を鼓して、そのぐにゃりとしたものを引き出した。見ると、果して蝦蟇であった。それに勢いを得て、次々と引き出し、結局、予定通り五匹の蝦蟇を捕えることができた。
初台 歯科